私が育った青森県津軽地方には、岩木山という山があります。青森県内で一番高く、津軽平野のどこからでも見ることができます。津軽地方の人々にとって岩木山はかけがえのないシンボルであり、信仰の山でもあります。
誰かに会えば「岩木山きれいだね」「紅葉して赤くなってきたね」「てっぺんが白い。そろそろこちらも雪になるね」など、その日の様子が話題になります。子供の頃から、この大きな存在に見守られているような気がしていました。友達と喧嘩して泣きべそをかきながら歩いた小学校からの帰り道も、初めて恋人ができて浮かれていた駅からの道も、愛犬が死んだ夜も、いつも岩木山は変わらずに静かにそこにありました。
縁あって備後地方に移り住み、2年前に福山山岳会に入会しました。日々の忙しさに山を思うことはなくなっていましたが、入会をきっかけにまた山を身近に感じるようになりました。リードクライミングに挑戦していますが、不器用な私はロープの結び方一つ覚えるのにとても時間がかかりました。初めは私には向いていないのかもしれないなぁと弱気になる日もありました。
そんな私にあきれることなく、山岳会の皆さんは何度も繰り返し指導してくださいました。特に藤井繁さん率いる「しげちゃんクライミング」の皆さんはいつも優しく、上まで登れた日は一緒に喜んでくださいました。皆さんのおかげでいつしか楽しくなり、岩の持つ暖かさや感触、手を伸ばした先に見える青空に心打たれ、山の素晴らしさを改めて感じています。
岩木山からは遠く離れましたが、与えてくれる恵はどこの山にもあるのだと気づきました。ふがいない私も、あきらめずに登る私も、どんな私でも山は静かに見守ってくれます。